初年度の産駒からリアルインパクト、トーセンラーなどのG1馬を送り出したディープインパクトは種牡馬としての成績も不動の1位となっています。ディープインパクト産駒にはどのような特徴があるのでしょうか。

ディープインパクト産駒の特徴とは?

ディープインパクト産駒の特徴としてよく言われるのが、
・芝のレースしか走らない
・長距離のレースは走らない
・中山開催レースは走らない

ということです。

これらが果たして本当なのか、2010年~2015年の重賞についてデータを検証してみましょう。

まず、コースについてですが、重賞106勝のうち、ダートはボレアスがレパードS(G3)で勝利した1勝のみです。障害が3勝で残りの102勝が芝という圧倒的な結果となりました。ダートで重賞まで勝ち進んだ馬は4頭しかおらず、それが勝利数に反映されています。

次に、芝のレースについて距離別に成績を見ていきましょう。

<芝・重賞>

距離:勝利率:複勝率
~1400m: 9%:35%
~1800m:12%:35%
~2200m:11%:31%
~2600m:10%:30%
2600m~:0%:37%
となっており、長距離(2600m~)で勝利がないものの複勝率は良い成績です。また、複勝率はどの距離でもほとんど差がありません

次に、ローカルを除外した開催地別の成績をみてみましょう。

<芝・重賞>

開催地:勝利率:複勝率
京都:13%:35%
東京:10%:32%
阪神:12%:37%
中山: 6%:27%

このように中山の成績の悪さが目立ちます

総括してみると、重賞のデータから言えることは
・芝のレースしか走らない→〇
・長距離のレースは走らない→×
・中山開催レースは走らない→〇
というところでしょうか。特に距離については、ディープインパクトの全兄ブラックタイド産駒のキタサンブラックが菊花賞を勝利したように、短距離・長距離とも可能性を探る必要があるのではないでしょうか。

ディープインパクト代表産駒は?

ディープインパクト産駒でG1を勝利したのは2015年までで海外含めて22頭もいます。

2008年生まれ

・リアルインパクト(2011年安田記念、2015年ジョージライダーS)
・トーセンラー(2013マイルCS)
・ダノンシャーク(2014年マイルCS)
・マルセリーナ(2011年桜花賞)

2009年生まれ

・ジェンティルドンナ(2012年桜花賞、2012年優駿牝馬、2012年秋華賞、2012年ジャパンC、2013年ジャパンC、2014年ドバイシーマクラシック、2014年有馬記念)
・ヴィルシーナ(2013年ヴィクトリアマイル、2014年ヴィクトリアマイル)
・ディープブリランテ(2012年東京優駿)
・スピルバーグ(2014年天皇賞(秋))
・レッドキングダム(2014年中山大障害)
・ジョワドヴィーヴル(2011年阪神JF)
・Beauty Parlour(2012年仏1000ギニー)

2010年生まれ

・キズナ(2013年東京優駿)
・ラキシス(2014年エリザベス女王杯)
・アユサン(2013年桜花賞)

2011年生まれ

・ショウナンパンドラ(2014年秋華賞、2015年ジャパンC)
・ミッキーアイル(2014年NHKマイルC)
・ハープスター(2014年桜花賞)
・エイシンヒカリ(2015年香港C)
・マリアライト(2015年エリザベス女王杯)

2012年生まれ

・ミッキークイーン(2015年優駿牝馬、2015年秋華賞)
・ダノンプラチナ(2014年朝日杯FS)
・ショウナンアデラ(2014年阪神JF)

それではG1馬の中でも代表産駒をご紹介しましょう。

ジェンティルドンナ

2006年、英国のセールで鑑定台に一頭の牝馬が姿を見せた時、ノーザンファームの吉田俊介氏は「予算を超えてもこの馬がほしい」と感じ、1億2,000万円で購入しました。

この馬の名はドナウブリーニ。後にディープインパクトを配合され、ジェンティルドンナの母となる馬です。

ディープインパクト産駒の代表馬として、真っ先に頭に浮かぶのがジェンティルドンナ。名牝とも、女傑とも呼ばれました。

吉田氏が惚れ込む母の雄大さ受け継いだジェンティルドンナは、出世レースと呼ばれるシンザン記念に牡馬を相手に重賞を制覇し、桜花賞は2番人気ながらマルセリーナに続くディープインパクト産駒の制覇となりました。

このころまでのジェンティルドンナは距離が不安視されていました。
母ドナウブリーニは、イギリスG1チェヴァリーパークステークス(6ハロン・約1207m)を勝利。母の父、Bertoliniも唯一の重賞勝ちがG3ジュライS(6ハロン・約1207m)と典型的なスプリンターのため、母系の能力が強いと考えられていました。

全姉のドナウブルーは京都牝馬S、関谷記念とマイルのレースを勝利しており、ジェンティルドンナもデビューから桜花賞まで一貫してマイルを走ったことからも、陣営がマイルまでの適性と考えてきたと予想されます。

そのため、オークスは距離が不安視され、輸送ということもあり、桜花賞馬にもかかわらず3番人気という低い評価でした。しかし、その下馬評を跳ね飛ばし、5馬身差の圧勝。主戦騎手だった岩田康誠騎手の騎乗停止で川田将雅騎手に乗り替わっての勝利でした。レースレコードで、ダービーより早い勝ち馬時計。父ディープインパクトのどんな距離でも対応できる強さと母ドナウブリーニのキレのある走りが作り出した才能が開花した瞬間です。

その後の秋華賞もヴィルシーナの早め先頭の積極策に苦しめられましたが、ゴール前の激闘でハナ差交わして勝利。
もはや牝馬に敵なしということで、3歳で挑んだジャパンC。最強馬オルフェーブルとの叩き合いを制して見事勝利しました。

最後の年の2014年5歳の時は宝塚記念で9着と惨敗するなど限界説もささやかれる中で引退を表明しました。引退レースの有馬記念は、今まで中山を未経験で、4番人気まで評価を落としたものの、レースでは直線抜け出し鮮やかな勝利で有終の美を飾り、改めて強さを見せつけました。

キズナ

2011年3月11日に発生した東日本大震災。被災から立ち直ろうとする人々とそれを支援する人の「絆」が復興のシンボルとなりました。同じ年に生まれ、日本人の絆の強さのシンボルとなるようオーナーが名付けたのがこの馬です。

デビュー戦、黄菊賞は楽々と勝利したものの、次戦ラジオNIKKEI杯2歳Sはライバルのエピファネイアに敗れてしまいます。その後弥生賞で5着に沈み、中山の適性なしとみた陣営は皐月賞を回避。京都新聞杯からダービーへ向かいます。

武豊騎手は、1番人気に推されたダービーで具体的なレースプランを作らず、馬の好きなように走らせて直線で追うことだけを考えていたそうです。直線は前の馬の壁に阻まれ、前が完全にひらけたのはラスト200メートルでしたが、そこから鮮やかに差し切り、ディープインパクト以来のダービー制覇だった武騎手は「僕は帰ってきました!」とインタビューで叫んだほど武騎手にとって感慨深いレースでした。

その後菊花賞には向かわず、凱旋門賞を目指し、前哨戦のG2ニエル賞を英国ダービー馬ルーラーオブザワールドとの叩き合いを制して快勝。凱旋門賞は直線までは抜群の手ごたえで同じく日本から出場したオルフェーブルと競り合う場面もありましたが、失速し4着に終わりました。

その後の骨折が原因で長期療養を強いられ、復活後も不本意な成績のまま引退しましたが、佐藤哲三騎手が騎手を引退した後、インタビューで乗りたかった馬はいるかと問われて「キズナに乗れたので、(乗りたかった馬は)いません」と答えたのがこの馬の非凡さを表現しています。

佐藤騎手はデビュー戦から2戦キズナに乗っていたものの、落馬負傷で乗り替わりを余儀なくされました。武騎手はダービーの数日前に偶然佐藤騎手に会い、佐藤騎手の無念を胸に抱いて走ろうという思いを強くしたと言います。

G1の勝利はダービーのみ。記録より記憶に残るこの馬はまだなおファンの心に生き続けています。

トーセンラー

武騎手をして「ディープインパクトに一番近いフットワークをしている」と言わしめたこの馬は、生涯異色の競争成績でした。

皐月賞の前哨戦きさらぎ賞で逃げるリキサンマックスを差し切り勝利。その後皐月賞を目指し宮城県山元トレーニングセンターで放牧した際に東日本大震災に遭遇しました。直接の被害はなかったものの、栗東への帰厩が大幅に遅れたといいます。そのあとの皐月賞は7着、ダービー11着、菊花賞は3着に終わり、その後4歳でも振るわない成績が続きました。

特長であったダイナミックな走行フォームが輝きを取り戻したのは5歳の時です。京都記念でショウナンマイティを差し切って2年ぶりの勝利を飾りました。その後天皇賞(春)はフェノーメノの2着。1番人気のゴールドシップが5着に沈んだ年でした。

その後の宝塚記念5着、京都大賞典3着と今ひとつでしたが、続くマイルチャンピオンSは未経験のマイル戦にもかかわらず2番人気に推されます。

これまで、トーセンラーの位置取りとしては、好位につけたり、後方から直線勝負だったり、中盤から徐々に順位をあげていったりとレースによって変えていましたが、2013年5歳になってからはスタート後中盤にポジションを置いていました。

しかしマイルチャンピオンSの前の京都大賞典から後方待機で直線勝負に変え、マイルチャンピオンSでも鞍上の武豊騎手は直線の入り口でやっと追い出しにかかり、上がり3ハロンをメンバー中最速の33.3秒でダイワマッジョーレに1馬身差をつけて勝利し、ファンの間でも語り草となる鮮やかな勝利となりました。

6歳も京都記念から始動しましたが、デスペラードの2着に終わります。そのまま安田記念に向かうも歴史的な不良馬場で14着と大敗。その後のマイルチャンピオンSも4着に敗れ、有馬記念の8着で引退しました。

このように典型的な京都巧者であり、京都であれば春の天皇賞3200mもマイルチャンピオンSも走るという距離を苦にしないというところが特徴的でした。

種牡馬としても偉大な功績を残しているディープインパクト。これからもますます強い産駒が生まれてくることでしょう。