平成の初頭に笠松競馬場から彗星のごとく現れたオグリキャップ。「芦毛の怪物」と言われたこの馬の血統について見てみましょう。

オグリキャップの父はどんな馬?

オグリキャップの父はダンシングキャップ・母はホワイトナルビーです。父ダンシングキャップはアメリカ生まれ。イギリス・フランスでレースに出場し、重賞勝ちはありませんが、5勝をあげました。

ダンシングキャップは日本の生産者稗田実氏がイギリスにいたときに見かけて、あまりの素晴らしい馬体だったためその場を動くことができなかったといいます。馬体の風格にポテンシャルを感じた氏は日本へ輸入することを決めました。

ダンシングキャップはオグリキャップの他に中山牝馬Sを勝利したダンシングファイタや北海道3歳Sを勝利したカツルーキーオー、タマツバキ記念を勝利したスリーキャプテンといった産駒が主に笠松競馬場で出走し、その後中央競馬場のレースにも出場しました。

オグリキャップの母はどんな馬?

オグリキャップの母であるホワイトナルビーは、馬主の小栗幸一氏が600万円と当時の地方競馬としては破格の金額で購入しました。ホワイトナルビーの父シルバーシャークは1966年のフランス最優秀マイラーです。ブルードメアサイアーとしても活躍し、子孫のクインナルビーは1953年天皇賞(秋)で勝利したほか、関西TVローズS(G2)を勝利したキョウイエイマーチもいます。

ホワイトナルビーは、現役時代は笠松のレースに出走し、4勝をあげました。その後膝を故障して繁殖牝馬となり、1979年から1994年まで15頭を出産しました。オグリキャップ以外にも、オグリローマンが桜花賞を勝利しており、主に産駒は笠松で活躍し中央競馬にも進出しています。

オグリキャップの父系の祖先?

ダンシングキャップの父はネイティヴダンサーで、現役時代はアメリカで22戦21勝。唯一の敗戦がケンタッキーダービー2着というまさにアメリカ最強の馬といっていいでしょう。オグリキャップと同じ芦毛で当時のモノクロテレビに馬体が映えていたため、「グレイファントム(灰色の幻影)」とも呼ばれました。

ネイティヴダンサーは現役引退後、5,000ドルの種付料という当時のアメリカでは破格の価格だったにも関わらず、申込みが殺到しました。産駒にはケンタッキーオークスを勝利したネイティヴストリート、チャンピオンステークスを勝利したフラダンサーなどを輩出しましたが、現役時代にそれほど活躍しなかった産駒が種牡馬として素晴らしい成績を収めたことに特徴があります。

ミスタープロスペクターの父レイズアネイティヴも現役時代は4戦目で骨折して引退し、産駒のミスタープロスペクターも重賞勝ちがありませんでしたが、種牡馬としてクラシックホースを輩出し、さらにその産駒も種牡馬として活躍したため、ネイティヴダンサー系、ミスタープロスペクター系の一大主流を作り、今やノーザンダンサー系をしのぐ勢いと言われています。

また、ダンシングキャップの母Merry Madcapは1965年イギリスのG1・6ハロンのレースであるジュライカップを勝利した馬です。ジュライカップは2000年アグネスワールドが武豊騎手で勝利したレースで、ヨーロッパでもっとも格の高いスプリントレースとされています。

オグリキャップは隔世遺伝?!

種牡馬としてのオグリキャップは、初年度産駒のオグリワン、アラマサキャップが中央競馬で勝利して期待されましたが、その後の成績は振るわず、2007年に事実上の引退となってしまいました。2012年に金沢競馬場でアンドレアシェニエが予後不良となり引退したのを最後にオグリキャップの系統は途絶えたかにみえましたが、2013年にノーザンキャップ産駒のクレイドルサイアーが種牡馬登録し、奇跡の復活を遂げています。

オグリキャップの父のダンシングキャップはオグリキャップ以外の産駒成績は芳しくなく、オグリキャップの出現は「突然変異」またネイティヴダンサーからの「隔世遺伝」とも言われましたが、母ホワイトナルビーからの良い血統も見逃せません。クレイドルサイアーからまた名馬が出現することを期待せずにはいられません。